12月
 12月31日(木)

   今年最後の日記は、少し楽しく終わろう。
 ランちゃんが亡くなってから、私を支え慰めて来てくれていたもの。
 それは、、日本代表のサッカーとその話題。そしてもうひとつは、あまちゃんの能年玲奈さん。
 
  朝ドラのあまちゃんは、わたしがはまった唯一の朝ドラで、かつランちゃん最後の年に見たドラマ。
 ということで印象深いのだが、その主人公だった能年玲奈さんは、また特別だった。
 わたしが初めて女優というか女性タレントに興味を持ち熱中した存在というのは、中学3年の時に見た
 「キャバレー」という映画の主演女優ライザ・ミネリ。彼女には英語でファンレターを出したほどで、
 その映画は10回以上映画館やビデオで見たし、元々歌手だからそのレコードもすべて買った。
 能年さんから受けた衝撃は、その時のライザ・ミネリに匹敵するくらい大きかったんだ。

  面白いのは、ワタシが両者にもつ感情というのが、共通して女性的な魅力からではないということ。
 セクシャルな魅力を感じたことはないんだ。その魅力というのは、たぶん母性と少女性の同居なんだ。
 たぶん、ワタシの中では菩薩様とお地蔵さんが人間の姿をしたような、女性の理想形なんだろうな(笑)

  さて、その能年ちゃんだが、所属事務所とのごたごたで、今年はほとんど仕事らしい仕事はなかった。
 テレビで時折見るCMとブログくらいしか、その姿を拝めなかったのは、実に残念至極だった。
 でも来年の6月には、事務所との契約が切れるから、そこからまたいろんな活躍が見れることだろう。
 芸能界の事情なんて知ったことではないが、あれだけの逸材を放っておくほど業界もバカではあるまい。
 ワタシの予想では、業界内には相当な数の「隠れ能年ファン」がいると思っている。それも、かなり業界の
 トップに近い年配者にね。そう人たちは、契約期間内は彼女を大事に思うからこそ沈黙せざるを得な
 かったけど、これからは大手を振って出てくるよ。ワタシが言うんだから間違いない(爆)

  さて、来年はオリンピックイヤー。男女のサッカーがそこに出場できるかは、大きな注目だ。
 正直今回は、男女ともに相当ハードルが高いと思っているが、それだけに応援のし甲斐もある。
 まずは来月の男子オリンピック予選。頑張ってほしいね(^^)
 いい年になりますように!!  
 
  12月27日(日)
 
  今日は、ランちゃんの命日。 あれからもう2年が経った。
 いまだにテレビなんかで、どっかのワンコの顔が大写しになり、つぶらな訴えるような瞳を見てしまうと、
 ついランちゃんのことを思い出して、涙が出てきてしまう。
 普段は忘れていても、なんかの拍子に記憶が呼び覚まされ、失われた時を思ってしまう。
 つい切なくなってしまうのだ。この喪失感を埋めてくれるものに、いまだ出会えずにいる。苦しいよ。

  この生きる屍のような自分に、再び命を与えてくれるのは、新しい命のぬくもりだけかもしれない。
 ネコのミューちゃんでは満たしてくれない、もっとべたべたした直接的な愛が必要なのだろう。
 新しいワンコを飼えばいいのかもしれない。でも自信がない。怖い。
 その子をランちゃんと同じように愛せる自信がない。そうなった時の失望感が怖い。
 
  やっぱり、ランちゃんと過ごした時は、ワタシにとって、あまりにもシアワセ過ぎたんだな。
 今は、そのシアワセの代償を支払っているんだろうと諦めているよ。
 幸福の山の頂が高ければ高いほど、そこからやがて転がり落ちるだろう谷底の闇は深い。
 その闇の深さを知った以上、もう一度山に登ろうという気には、なかなかなれない。

  今年ももう終わろうとしている。つまらない一年だった。
 また来年も同じような時を過ごすなら、もう生きてる意味もないような気がしてくる。
 でも、どこかで生かされている自分がいるのなら、それを自ら捨てることは許されない。
 神が許してくれている限り、生きてみようとは思っている。
 でも、早くランちゃんに会いたい。もう一度会いたい。もう一度抱きしめたいと焦る自分もいる。
 そんな年末の夜だ。。

 12月26日(土)
 
  日本サッカーをふり返って。
 まずJリーグ。J1は久しぶりにプレーオフ制度を復活させた。
 その結果は、前期が浦和レッズ、後期はサンフレッチェ広島が優勝。年間1位には広島。
 年間3位のガンバ大阪が浦和とのプレーオフに勝って、広島と最終決戦へ。
 そして広島が勝ち、年間順位そのままに優勝、ということになった。

  応援していたFC東京は、夏にエースFWの武藤がブンデスリーガに移籍したことが響き、
 惜しくも年間4位に終わった。守備は、イタリア監督のカテナチオが効果抜群で安定していたけど、
 点を取れる選手がいなくなったことで、この結果は仕方なかったね。まぁ来年に期待だ。
 
  プレーオフ制度には、賛否両論あり、ワタシ自身もどちらとも言えない感じ。
 できれば1シーズン制が良いが、人気低迷が続く中、地上波で注目を浴びる機会を増やそうと導入した
 いきさつにも、まぁ理解は出来る。ワタシ自身の提案としては、まず秋春シーズンへの移行。
 そして、チームを16チームくらいに絞って質の高いプレーを見せるプレミアリーグの創設。
 プレミア→J1→J2→J3→JFL位の階層があってもいいと思う。
 これは過密日程を解消、余裕を持たせることで、ACL対策や代表強化に繋げる効果もある。

  J2は、大宮・磐田が自動昇格。3番目の椅子は、井原監督のもと後半戦大躍進した福岡が獲得。
 地元の愛媛FCは、初めてプレーオフに進出した。昨年の暮れ、粉飾決算騒ぎを起こしたこともあり、
 そのお仕置きだと今年は一度も見に行かなかったが、まぁ来年は少しは応援してやろうかな(笑)
 元日本代表監督の岡田さんがオーナーに就任したFC今治。その1年目。
 四国リーグを2年ぶりに優勝し、JFL入りを狙って頑張ったけど、惜しくも敗退。
 来年は、いよいよ勝負の年になるね。
 
  代表サッカーの一年。女子は、カナダW杯で準優勝。立派な成績を残した。
 年末に、レジェンド澤の引退があったけど、いい潮時だったと思う。お疲れ様でした、だね。
 来年は、3月にリオ五輪の最終予選がある。ここで世代交代が成功するかどうかがポイント。
 他の国の競技レベルが急速に進歩している中、若手の底上げが遅れると、、
 再びの暗黒時代がやってくる可能性がある。これからの日本代表女子サッカーの課題は、ひとつ。
 選手のアスリートレベルを上げること。もう世界では、大きく強く速い選手がテクニックも組織力も身に
 つけてきた時代。もう小柄で敏捷性の高い女子だけで対抗するのは無理だからね。。

  男子は、アギーレ新監督のもと再出発。しかし、アジアカップはベスト8で敗退し、そのアギーレ監督も、
 八百長騒動で退任してしまった(いまだ裁判で黒白は付いていない様子)。
 そして、ハリルホジッチ監督になって、W杯アジア二次予選へ。残り2試合を残して1位という結果だ。
 まだなんとも言えない状態だが、悪くはないところだろう。問題は、来年9月からの最終予選。
 組み分けにもよるが、けっして楽観は出来ないね。またハラハラドキドキを味あわせてくれるだろう。

  そして、来年の1月、U23代表のリオ五輪最終予選。
 今回から、短期一発勝負の大会方式になったから、相当難しくなったよ。
 この大会については、来年詳しくやるつもりだから、ここで詳しくは語らない。
 とにかく男女共に頑張って、夏のリオ五輪を楽しみに待たせて欲しいね(^^)

 12月23日(水)
 
  CWCでの広島の戦いをふり返ってみる。
 一回戦でオセアニア代表のニュージーランドを。二回戦でアフリカ代表のマゼンベを破り、
 準決勝で南米代表のリーベルプレイトと対戦。善戦したが0−1と敗れた。
 そして、迎えた3位決定戦では、バルセロナに敗れたアジア代表の広州恒大と対戦。
 1点を先制されながら、2−1と逆転して、勝利。大会銅メダルを獲得。
 3位の獲得賞金はJリーグ年間優勝よりも高い3億円!
 金欠サンフレッチェにとっては、いいボーナスだったと思う。おめでとう!だ(^^)

  だが、ワタシ的に注目したのは、順位よりも、その試合内容だった。
 つまり、世界の様々なサッカーに対し、日本のチームである広島のサッカーがどういう戦いを見せたか。
 何が通用して何が通用しなかったのか。そこから日本代表サッカーが何を学べるか、だった。
 
  まず、通用した部分。というか一番の武器だったのは、組織力。
 ひとりひとりが献身的に最後まで労を惜しまない戦い。その組織力は日本人ならではの武器だった。
 一対一で敵わないところは、二人三人と人数をかけて戦う。そのためには、それをカバーするたの
 運動量と効率よく動くためのオーガナイズが必要。広島の選手には、それが備わっていたね。
 個の劣勢を組織力でカバーして勝ちきったのは、マゼンベ戦がそのいい例だった。

  しかし、課題もあった。それは、やはり個の力。
 特に、点を決めるFW、失点を最後のところで防ぐGK、この差が大きかった。
 敗れたリーベル戦でも、前半再三あった決定機をFWが一度でも決めていれば、
 後半にGK林の凡ミスがなければ、十分勝てていた試合だった。
 中盤の攻防においては、球際での戦いも含めほぼ互角の戦いが出来ていた。
 つまり、組織力でもインテンシティでも南米のチームと互角以上に戦えていたのに、
 結果負けてしまったのは、最後のところの「個の力」の差だったということだ。
 
  これは日本代表サッカーにとっても同じ問題だ。日本が世界で戦って勝つためには、
 *十分条件ー@強固な組織力とそれを支える運動の量と質。最低限のフィジカル能力。
          A球際で負けないインテンシティ、メンタルの強さ
 *必要条件ー@個人能力特にFW・CB・GKの向上。
          Aそのためにも海外の選手と戦う経験値を、もっと上げること。
 
  次は、Jリーグも含めて、日本サッカーの今年をふり返って、来年への期待を語ろうと思う。

 12月21日(月)
 
  サッカー界の年末のお祭り、クリスマスプレゼントであるCWCが閉幕したね♪
 前評判どおりに欧州王者のバルセロナが、南米王者のリーベルプレイトを3−0と圧倒し優勝。
 強力3トップのMNS(メッシ・ネイマール・スアレス)が、その能力を遺憾なく発揮。
 それもそのはず。MNSとは、そのままW杯優勝を経験している南米3強(アルゼンチン・ブラジル・ウルグ
 アイ)のそれぞれのエースストライカーなんだからね。夢のような3トップだよ(^^)
 
  バルセロナの他の布陣を見ると、それはまるで南米代表とスペイン代表の混合チーム。
 GKのブラボはチリ代表。CBのピケ(スペイン代表)マスチェラーノ(アルゼンチン代表キャプテン)
 SB−ダニエル・アウベス(ブラジル代表)、アルバ(スペイン代表) MF−ブスケツ(スペイン代表)、
 ラキティッチ(クロアチア代表) イニエスタ(スペイン代表)
 特に、DFのマスチェラーノ、ボランチのブスケツ、いわゆるトップ下的なMFとしてのイニエスタは、
 それぞれのポジションにおいて世界でもトップと言われる選手。

  圧倒的なパスワークによるポゼッション(ボール支配)を誇る伝統的なバルセロナサッカーに、
 近年は、鋭い寄せと縦に速いショートカウンター攻撃を織り交ぜるという、戦術的な強さに加え、
 世界でもトップクラスの強力FWが3枚も!その強さは、まさに磐石だった。
 リーベルもその激しい寄せと闘争心で対抗。バルサの組織力と拮抗した展開に持ち込めた時間帯も
 多少は作り出すことも出来たが、最後は3トップの「決定力」に跪いた形になったね。

  ボールポゼッションだけのスペイン代表だったら、あんなに強くないが、その組織力に南米の個の力が
 加わったら、それこそ「鬼に金棒」的な強さになるね。この強さに対抗できるとしたら、フィジカルのみ。
 ドイツやイングランドといった高さや強さでゴリゴリ押し捲るしか方法はないだろう。
 もちろん組織力でも互角に渡り合う必要があるから、それができるのは、ドイツのバイエルンくらい。
 北部欧州人ゲルマンの体の強さと組織力に、南欧ラテン的なひらめき創造性を加えた攻撃力。
 来年のチャンピオンリーグ決勝は、またしてもバルサ対バイエルンになるかな?(^^)

  さて、広島と広州の3位決定戦(アジア最強チーム決定戦?)も面白かったけど、
 長くなったので次回にしよう♪(^^)

 12月16日(水)
 
  CWC(クラブワールドカップ)が開幕して、Jリーグ代表(主催国枠)の広島が頑張ってるね♪
 Jリーグでの戦いぶりそのままに、とても完成されたいい試合運びをしている。
 ブラックアフリカ代表のマゼンベには、その異質な身体能力に序盤こそ押し込まれたけど、
 なんとか踏ん張って、それに順応した後半からは、普段どおりの展開で圧倒。
 組織力が個を制したという意味では、日本サッカーのひとつの行き方を示した素晴らしい戦いだった。
 今日は、南米の強豪リーベルプレイトと対戦。
 中二日という厳しい条件だが、そのサッカーがどこまで通用するか、実に興味深いね(^^)

  さて、前回に続いて、最近の話題(問題)について考察してみよう。
 日本における移民・難民の受け入れ問題。
 まず移民については、今に始まった問題ではなくて、以前から賛否が問われていた問題だが、
 欧州でのシリア難民+テロ事件との関連で、最近再びクローズアップされてきたように思う。

  まず最初に、移民問題と難民問題は、日本においては別の問題だということ。
 今欧州において両者がかぶって問題になっているのは、かつての植民地からの移民と中東地域の難民
 が、同じイスラム教文化圏であるということから、難民の制限→移民排斥に繋がっているので、
 歴史的ないきさつが重要な要素になっているということ。これと日本の問題を一緒にしてはいけない。

  では、日本においての難民受け入れについてだが、これは、今までどおりでいいと思う。
 難民も大きく分けて二つあって、政治難民と経済難民。日本は、前者の政治難民に関しては、国際条約
 に基づいて受け入れているが、経済難民については、厳しく制限している。
 なぜか。経済難民とは、正確には難民ではなく「出稼ぎ労働者」であることが多いからだ。
 現在問題になっているシリア難民にしても、シリア以外の国の出稼ぎ労働者がかなりの数を占める
 ことが問題になっている。その区別が付きにくいことも、問題を複雑にしている。
 これは、後に述べる「移民政策」との関連が深いので、その軸がハッキリしないうちは、
 安易に受け入れるべきではない。しっかりとした審査を行ったうえで、受け入れるべき。
 
  次に、移民の問題だが、これは、積極的に受け入れるべきと考えている。
 理由は、大きく分けてふたつある。
 ひとつは、日本というのは、元来鎖国的な国柄だと思われているが、それは間違いで、
 鎖国政策というのは、歴史的には江戸時代にほぼ限られていただけで、
 本来は、四方を海に囲まれた「開かれた土地」「積極的に他者を受け入れる国」であったということだ。
 沖縄でいう「ニライカナイ」(海の向こうに神々が住む)という思想は、広く南方の島々に共通する考え方
 で、日本の基底文化である「縄文文化」の基本思想。これに寄り添うべきなのだ。

  何故そうなったかというと、狭い「島国」のなかでだけすべてをまかなおうとすれば、
 それは経済的にも遺伝学的にも、あらゆる意味で行き詰まってしまう自滅してしまうからで、
 むしろ外からの血や文化を積極的に取り入れることが、「生き延びる」ことに繋がっていたからだ。
 日本という弧状列島は、地政学的に古来より様々な文化民族の受け皿になってきた。
 海上では南方からの黒潮の行き着く先であり、陸上ではユーラシア大陸の民族東方移動の果てとして。
 日本民族とは、南方からの先住民縄文人と、大陸から進出してきた弥生人との混血民族だ。
 日本民族とその文化というのは、様々な民族文化を受け入れ融和させることで、成立してきたということ。
 つまり「和」の精神の根本は、そこからきているということ。
 現在の日本文化を見ても、それはハッキリしているだろう。
 かつては、朝鮮半島を経て輸入した中国文明が国の礎を作り、明治以降は西洋文明の咀嚼によって
 なりたっている。言葉にしてもそう。漢字はひらがなに、そしてカタカナに。あらゆる言語は日本語化されて
 しまう。その受容力胃袋の大きさは、無限大のように空恐ろしいほどだ。
 受容力こそが、日本の活力であり生命線であるということ。それを忘れたら、この国は、滅びるよ。。

  もうひとつの理由。
 世界をひとつの共同体として考えた時の、日本の貢献のひとつとしての役割だということ。
 日本は、歴史的には多くのものを受け入れてきたが、一方で「受け入れてもらった」過去もある。
 それは、エリートたちの留学先としての、「中国」や「西洋」。そして、明治以降の貧民の移住先としての
 アメリカ大陸(主に南米)。そういった歴史の事実を踏まえた上で、もっと積極的に「かつての日本人」を
 受け入れるべきなのだ。それは、日本人の日本人たる由縁「和の精神」を積極的に海外に訴える方法に
 もなるということ。世界平和に貢献する方法のひとつだということ。

  最後に、移民受け入れの際に重要なこと。
 安易な労働力不足解消のために受け入れることは、国内に新たな「格差」問題を発生させる。
 それは、文化宗教の摩擦を生み出し、新たな犯罪の温床にもなりかねない。
 それを防ぐためには、受け入れるなら、日本人と同じ差別のない環境で受け入れるということ。
 日本人が日本国憲法で保障されているのと同じ「基本的人権」を、彼らにも保障するということだ。
 
  これから少子高齢化を本格的に迎える日本に、人手不足解消のための移民政策というのは、
 さらに声高に叫ばれるようになるだろう。しかし、ろくな準備もなしに行ったら、取り返しの付かない悲劇を
 招くことになる。まずは、移民生活者のための日本語教育の充実と、既住日本人の英語力のUP。
 世界共通言語としての英語を第二母国語とするくらいの英断が、将来は必要になってくるだろう。

  かつての欧米諸国が行った「奴隷政策」や「植民地政策」は、そのまま戦後の労働力不足解消のための
 「旧植民地からの移民政策」になった。その根本にあるのは、厳然たる「人種差別」である。
 今欧州が抱えている問題は、いわば二枚舌外交の自業自得であって、何の同情も必要ない。
 肝心なのは、日本が同じ失敗をしないことである。
 西洋に追いつけ追い越せで、富国強兵・殖産興業、そして植民地獲得(満州国建設)へと突き進んだ
 あの「過ち」を二度と繰り返さないことだ。西洋と同じ論理ではなく、日本人の「和」の精神で、それを
 乗り越えること。そして、その精神を逆に世界に発信すること。これが肝要である。

 12月 9日(水)
 
  最近の話題について、その2。テロリズムと移民政策。
 先月フランスのパリで発生したIS(イスラム国)による同時多発殺傷事件で、アメリカにおける9.11以来
 再び世界中から注目されるようになったテロリズムの脅威。
 いずれも、アルカイダあるいはISといったイスラム原理主義の過激派組織によるもので、そのいきさつ
 及び発生原因といったものは、既にいろんなメディアや専門家からの分析がなされていて、ググればすぐ
 に分かることだから、ここでそれを繰り返しても意味はないので書かない。
 
  問題は、そもそもテロリズムとは何であるか。そして、それに向き合う正しい態度とは何かということだ。
 テロ(terror)というのものをその語源からたどっていくと、そもそも「テロ=恐怖」と言う意味であり、
 広義に言えば、テロリズムとは、恐怖を持って他者を支配しようという考え及びその試みである。
 そして、恐怖をもたらせる最大のものは「死」であり、その死をもたらせる方法としての「暴力」がある。
 それから言えば、独裁政権や特権階級による恐怖政治もテロだし、フランス革命やロシア革命による
 民衆の蜂起も、貴族階級から見ればテロということになる。どちらも、一方的な力の行使=「暴力」に
 よって引き起こされた事実だからだ。

 つまり、このことが何を示しているかというと、様々な争いにおいて、結果的に「勝者」になった者が、
 その力の行使を、「正当な力の行使」か「不当な力の行使(暴力」かを決めているということ。
 正義は、勝者にのみ宿る。これが、一神教文化の根源的な価値観だ。
 その価値観によって、テロは定義されている、ということを知っておくべき。
 
  本来的な論理から言うと、核兵器という「恐怖」で世界を支配している国々は、すべてテロ国家であるし、
 巨大な国家権力で言論弾圧・宗教弾圧・少数民族弾圧を行っている国もテロ国家であるが、
 彼ら自身は、決して自分たちのことをそうは呼ばない。なぜなら、それらは一神教文化の国々だからだ。
 もちろん共産主義も一神教文化の産物だから、当然一党独裁で同じ論理だ。
 近年は、少数派の過激派組織が行っているゲリラ的な行動のみを「テロ」と呼んでいるが、
 それは、かなり意図的に矮小化された解釈であることをまず知っておくべき。
 でないと、ものごとの本質を見誤ることになる。

  こういうことを書くと、テロを容認しているかのように思われるかもしれないが、そもそもテロリズムとは、
 善悪を問う前に、現実に世界を支配している「仕組み」のひとつなのだ。世界のどこにでもある普通の
 ことなんだと知っておくべき。ではなぜ、テロリズムが普通のことなのか?
 テロリズムを生む原因が、そもそもあちこちに転がっている普通のことだからだ。
 
  それは、固定化された「格差」による貧困や不平等・不利益。そしてそこから生まれる「憎悪」。
 そしてその格差は様々なところに現れる。国家や地域・民族・宗教及び文化・経済権益・学歴・職業・・・
 ありとあらゆるところに「憎悪の火種」は存在する。夫婦や男女間にもテロリズムは存在するのだ。
 テロとは、特別な人が特別な理由で行うものという前提は、まず捨てたほうがいい。
 かつて秋葉原や有名私立小学校で起きた無差別殺人に限らず、世を騒がせた犯罪事件の多くには、
 格差から来る憎悪に起因するものが存在する。テロは遠い世界のことではない。周りにイスラム教徒が
 いないから起こらないわけではない。現に身近に「テロ」は既に起こっているのだ。
 
  しかし、この世の中から格差を完全になくすことは出来ない。
 人間が存在し、人間社会が存在する限り、多かれ少なかれ格差は起こる。
 それでは、この格差から生まれる憎悪の連鎖を、どう防げばいいのか。
 答えは、ふたつ。
 ひとつは、格差間の差異をできるだけ少なくすること。最大多数の最大幸福の追求。
 もうひとつは、格差そのものをなくすこと。つまり、価値観の多様化だ。多神教の世界に戻ること。
 
  かつてのソ連邦の書記長ゴルバチョフはこう言ったことがある。
 日本、それは唯一成功した「社会主義の国」だと。なぜ彼にこうも言わしめたのか。
 日本は、本来的には格差の少ない社会である。
 それは、かつて日本が農業の国(多神教の国)であり、農村(ムラ)という共同作業が必須な社会が、
 その基盤になっていたからだ。もちろん、日本にも貴族社会や武家社会があり、近代でも財閥や大地主
 といった特権階級はあった。しかし、あくまで社会の基盤は「農村」であり、「農民」だった。
 それらの支えなくして、それを支配する階級も存在できない仕組みや伝統文化があったのだ。
 
  テロリズムに対抗する価値観は、日本の中にこそある。
 でもまずは、日本人自身が、そこに立ち返らないといけないね。
 日本人を日本人たらしめているものとは何か。それを考え見つけ出した時、
 世界に発するメッセージも自ずと決まる。
 移民の問題も、それに関することだが、長くなったので次回に譲ろう。

 12月 7日(月)
 
  今日は、ランちゃんの15回目の誕生日。
 実はこの15才というのは、人間で言えば80歳超になる年齢で、ワンコ(小型犬)の長生きの目安として、
 ある意味目標にしていたというか、自分を納得させることが出来る年齢だと思っていた。
 まぁもちろん、そんなのは人間の勝手な思い入れであって、実際の運命は、神様の差配に従うより他、
 仕方がないことなんだけどね。。

  ランちゃんとオープンカーで走った海辺の光景。潮風にたなびくランちゃんのお髭。
 それを横目に眺めながら、よく思ったものだ。
 こんなにも美しく幸福な時間も、いつかは失われ、そしてもう二度とやってこないのだろうと。
 その時が、あまりにもピュアで美しく幸せだっただけに、それを失った後のことは、想像さえできなかった。
 というかもうそれは明らか過ぎて、想像する意味さえなかったのだ。

  ワタシは今、失われた時を生きている。この空虚な感覚は何だろう。
 今までの人生でこんな感覚になったことはなかった。初めての経験だ。
 だから処し方が分からない。何かがあれば変わるのか。あるいは終わるのか。まったく分からない。
 たぶん救いは「繋がり」なんだろうという気はしているが、積極的にそれを求める気にはならない。
 もうそんな価値が自分にあるとは思えないからだ。
 受身的には、このHPのカウンターが少しづつでも動いてることが、かすかな「繋がり」かも知れないが、
 そんなものでも励みに、もう少し生きてみようかと思う、今日この頃。
 
 12月 3日(木)

  最近の話題について、少しお勉強しながら考えてみよう。
 まず、TPP(Trans-Pacific Partnership)環太平洋連携協定について。
 別名を(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)環太平洋戦略的経済連携協定。
 参加国は、日本から太平洋をぐるりと時計回りに、カナダ・アメリカ・メキシコ・ペルー・チリ
 ニュージーランド・オーストラリア・シンガポール・マレーシア・ブルネイ・ベトナムの12カ国。
 ごくごく簡単に言うと、太平洋を囲んだ有志国によって、共通のルールの下、完全な自由貿易圏を作ろう
 という構想だ。ヨーロッパにおけるEU(ヨーロッパ共同体)の前身であるEEC(欧州経済共同体)に似た
 ものだと言えばもっと分かりやすいかもしれない。

  共通の価値観(民主主義と自由貿易主義)を持った国々が、連携を深めることによって、さらに豊かな
 社会を作ろうという考え方だね。逆に言うと、共通の敵(独裁主義や国家統制経済)を封じ込め対抗
 するためのグループでもあるけど。。その対象がどこかは分かるよね(^^;)

  もちろん、どんなものにもメリット・デメリットはあって、国益がぶつかるものもある。
 日本がこれに参加することについて、いろいろと意見があるのも承知している。
 それでも、ワタシは日本が生き残るには必要だと思ってるし、大いに賛成している。
 理由は、次の通り。
 @少子高齢化によって、国内マーケットは縮小する一方であり、鎖国的な政策をとっても自滅するだけ。
  国外に広く自由なマーケットを得ることは、資源の少ない貿易立国である日本にとって願ってもない話。
 A二国間ではなく多くの国と公平な基本ルールを定めることによって、強国(米国)の一方的なルール
  変更や押し付けを排除できる。またその危険性を少なくすることが出来る
 B保護主義一辺倒で競争力がなく高齢化でお先真っ暗だった「農業」に、競争原理を持ち込み、同時に
  国際マーケットを用意することで、将来性をもつ活気ある産業にしていくことが可能になったということ。
  今のままでは消滅してしまうだろう農業を、「守る」意味でも、この協定は必要なんだよ。

  TPPのもうひとつの狙いは、巨大市場中国を「適正」に、このマーケットに取り込むこと。
 これには時間がかかるが、急速な中国経済の崩壊は誰も望んでいない。「隣の芝生が青い」ことを見せ
 つけ、じんわりと民主化自由化の方向へ舵をとらせながら、国(体制)は崩壊しても経済はそうならない
 ように持っていくことだ。中国の勝手な(ルールなき)膨張は、軍事的にはもちろん経済的にも許さない。
 というしっかりしたメッセージを送ることにも、TPPの重要性はある。
 
  この先の懸念は、ひとつ。アメリカの離脱。
 つまり、経済不況に陥った時、苦し紛れに「禁断の果実」である中国市場に飛びつくため、無理やり中国
 をTPPに加入させようとし、それができない場合、TPPに自国のメリットがないと判断し脱退する道だ。
 これがTPPが失敗に終わる最悪のシナリオ。日本も苦しくなる。
 以前にも書いたが、日本が国際的に生き残るには、アメリカと中国の2国間関係をしっかり見ておく
 必要がある。特にアメリカの動向から目を離してはいけない。

  次回は、パリ同時多発テロ事件とシリア情勢から入って、テロリズムと移民(難民)の問題について、
 日本がどう向かい合うべきかを、考えてみようと思う。